
カンボジア・シェムリアップ郊外にある「IKTT伝統の森(Institute for Khmer Traditional Textiles)」は、静かな森の中で絹織物の文化と技術を今に伝える施設です。
ここではカンボジアの絹文化にふれながら、シルクハンカチの染色体験や、職人の手仕事が見られる工房見学ができます。実際に染めを体験することで、織物ができあがるまでの工程や、職人さんたちの熟練の技術への理解がより深まります。
IKTTと伝統の森とは?カンボジアの絹織物を未来へつなぐ取り組み
シェムリアップ郊外にある「IKTT伝統の森」は、観光地とは一線を画す、カンボジアの絹織物文化を未来につなぐための実践の場です。
かつてのカンボジア内戦により途絶えかけた織物の技術と文化を守り、復興させるために設立されました。IKTT(Institute for Khmer Traditional Textiles)は、現地の人々の手によって染め・織り・育てる環境を整え、「伝統を残す」だけでなく「日々の暮らしの中で継承する」ことを実践しています。
IKTTとは?内戦で途絶えかけた織物文化の復興プロジェクト
IKTT(カンボジア伝統織物研究所)は、日本人織物研究者・森本喜久男氏により1996年に設立されました。1970年代の内戦とポル・ポト政権下で、クメールの絣をはじめとする伝統的な織物文化は、担い手の多くを失い消滅の危機に瀕していました。
森本氏は、カンボジア各地で古布や記憶をたどりながら、失われた技術や文様を丹念に記録し、復元していきます。
IKTTの目的は、単なる技術保存にとどまらず、織りの技術を通じた地域雇用の創出、自立支援、そして自然環境と共生したものづくりの実現です。その思いが形となったのが、次にご紹介する「伝統の森」です。

「伝統の森」とは?自然の中で完結する布づくり
「IKTT伝統の森」は、2003年に始動したIKTTの中核プロジェクトで、シェムリアップ中心部から車で約1時間の郊外にあります。
およそ23ヘクタールの広大な敷地には、養蚕・製糸・染色・織りといったすべての工程がそろい、一枚の布が“森の中で完結する”仕組みが整っています。

敷地内には村のように職人たちの住居もあり、生活とものづくりが一体化した空間です。
敷地内では染料に使う植物や桑の木が育てられていて、布づくりの材料がすべて自然の中でまかなわれています。見学を通して、自然と寄り添いながらものづくりを続ける職人さんたちの姿に、心を打たれました。伝統が“保存される”のではなく、“使われながら続いていく”姿を実感できる場所です。

染色体験レポート|世界にひとつだけのシルクを染める
IKTT伝統の森では、職人の技を“見る”だけでなく、実際にシルクハンカチの染色を体験することができます。自分の手で染め上げた一枚は、まさに世界にひとつだけの特別な思い出になりますね!
体験の流れと所要時間
染色体験は、まずスタッフの方から一通りの流れと染料の説明を受けるところから始まります。
作業台には色見本や模様の参考が並び、自分がどんな仕上がりにしたいかをイメージしながら進めていきます。

最初の工程は「白く残したい部分」を紐で絞る作業。ぎゅっと結ぶことで、そこに染料が入り込まない仕組みです。

1回目の染色では、プロフの樹皮を煮出して作った天然染料を使用。絹がじんわりと温かみのある黄色に染まっていきます。


天然の染料だけで、これだけ鮮やかに染まるのが驚きですね!続いて「黄色を残したい部分」を新たに絞り、2回目の染色へ。

ここでは鉄媒染液にハンカチを揉み込むように浸しながら染めていくと、黄色だった部分が深みのある渋緑に変化。まるで化学反応を見るような感覚に、思わず夢中になってしまいます。

最後に軽く水洗いをして、作業は完了。絞った紐をほどくのは、ちょっとした“開封の儀”のような楽しさがありました!

体験の所要時間は約1時間半ほど。難しい作業は無いので、初心者でも安心して参加できますよ!

完成品の仕上がりと持ち帰り方
染め上がったハンカチは、紐をほどくまで完成図がわからないというワクワク感が魅力です。
どんな模様に仕上がっているのか、布を広げた瞬間の驚きと感動は、この体験の大きなハイライト!偶然生まれる模様や色のにじみも、すべてが一点ものの味わいです。
完成したハンカチは、そのまま持ち帰ることができます。ただし、染料が自然素材由来のため、色が完全に定着するまでは若干の色落ちがある可能性も。自宅に帰ったら、シャンプーを使ってやさしく手洗いすることで余分な染料を落とし、生地がよりなじんでいきます。

使うのはもちろん、飾って楽しむのもおすすめ。旅の思い出として長く残る、素敵な一枚が完成します!

職人の手仕事にふれる|工房見学で見た絞りと手織りの技
染色体験と並行して、IKTT伝統の森の工房も見学させてもらいました!
養蚕から染色、括り、織りまで、一枚の布ができるまでのすべての工程がこの場所で行われており、その丁寧な手作業のひとつひとつに、長い歴史と職人の技が宿っています。
養蚕から糸づくりまで
IKTTで使われているのは、一般的な白い絹ではなく、「ゴールデンシルク」と呼ばれるカンボジア特有の黄色い繭から紡がれる生糸です。
この絹は、染める前の段階からすでに淡くあたたかみのある黄金色を帯びており、自然の中で育まれた素材ならではの素朴で豊かな色味が魅力です。
繭の個体差によって微妙に異なる色味もまた、機械生産では得られない天然素材の味わい。染色や織りを経てもその黄色みはうっすらと残り、最終的な布の表情に深みと個性をもたらしています。

自然の恵みが生み出す鮮やかな「色」
IKTTの染色に使われているのは、基本的にすべて自然由来の染料です。
赤色にはラックカイガラムシの巣、黄色はプロフの樹皮、灰色や茶色にはライチの木の皮やインディアンアーモンドの葉、ココナッツの外皮などが用いられています。また、鉄・ライム・ヤシ砂糖を合わせて作られる鉄媒染液を用いることで、染料はより深みのある色へと変化します。
自然素材だけとは思えないような奥行きのある発色で、しかも使い込むほどに生地と色がなじみ、時間の経過とともに美しさが深まるのも特徴です。化学染料とは異なり、自然とともに生まれた色には、落ち着きと温かみがあります。


糸に模様をつける「括り」作業とは?
IKTTの布づくりで欠かせないのが「括り」の工程です。
これは糸の一部を細かく縛って染料が入り込まないようにすることで、模様を生み出す技法です。
カンボジアでは、かつて200〜300種類以上の模様が存在していたとされますが、内戦によって多くが途絶えてしまいました。
現在IKTTでは、古い布や写真資料をもとに、職人の記憶や技術、そして感性を頼りに柄を再構成しながら、新たな模様を生み出しています。
結びの間隔や強さ、配置によって仕上がりが大きく変わるため、括りは非常に繊細な作業。糸が染め上がったとき、そこに浮かび上がる複雑で美しい模様は、まさに職人の手仕事ならではのものです。

織機を使った絹織物の制作現場
染色と括りを終えた糸は、伝統的な木製の織機にかけられ、少しずつ織り上げられていきます。
織りの現場では、足で踏み板を操作しながら、指先で一本一本の糸を通していくという非常に細やかな作業が続いていました。模様の位置を合わせながら織るため、高度な技術と集中力が欠かせません。
IKTTが制作する絹絵絣(ピダン)は特に精緻で、2007年にはノロドム・シハモニ国王に献上されたという実績もあるほど。織機に向かう職人さんの姿からは、技術だけでなく、長年受け継がれてきた誇りも感じられました。


1枚の布に込められた時間と技術
IKTTの工房では、ひとつの布を完成させるのに数ヶ月から1年以上かかることもあります。
その間、養蚕から染色、括り、織りの工程をひとつひとつ積み重ねていく必要があります。特に複雑な絵柄の入った布などは、工程の難易度が増し、時間も長くなるため、根気と熟練度が問われます。
日々の作業は決して派手ではありませんが、その静かな積み重ねが、唯一無二の布を生み出しているのかもしれません。見学を通して、「布を織る」という行為が単なる作業ではなく、文化と人生そのものを紡ぐ営みであることを実感しました。

IKTT伝統の森へのアクセスと基本情報
IKTT伝統の森は、シェムリアップ中心部から車で約1時間、トゥクトゥクでもおよそ1時間半ほどの場所にあります。周囲を森に囲まれた静かな環境で、街の喧騒から離れてカンボジアの自然と織物文化を感じられるスポットです。
見学や染色体験を希望する場合は、IKTT公式ホームページやSNSを通じて事前に問い合わせるのがおすすめです。
住所
Chob Saom Village, Peak Snaeng, Angkor Tom District, Siem Reap, CAMBODIA
営業日
7:00am – 11:00pm / 1:00pm – 4:00pm
*土日祝はお休み
電話
+855-63-964-437
公式サイト
https://www.iktt.org/
*訪問や体験を希望する方は事前に問い合わせをしてください



今回は訪問時に敷地の一部が大雨で冠水しており、入り口からは地元の方が運転する耕運機に乗って移動するという、ちょっとユニークな体験もありました!

「郊外までは遠いけど布を実際に見てみたい」という方は、シェムリアップ市内にあるIKTTの直営ショップでも製品を手に取ることができます。オールドマーケットから徒歩5分ほどの場所にあるので、気になる方はぜひ足を運んでみてください。
まとめ|カンボジアの絹織物文化を肌で感じる一日
今回は「IKTT伝統の森」をご紹介しました!
職人さんたちの仕事を見学するだけでなく、実際に自分で体験してみることで、より心に残る時間になったと感じています。一枚の布ができあがるまでに、どれほどの手間と想いが込められているのかを、あらためて実感しました。
カンボジアの絹織物には、技術だけでなく、その土地に根づいた暮らしや祈りのようなものが織り込まれています。出来上がったハンカチは、単なるお土産ではなく貴重な思い出になりました。
定番の観光地ももちろん楽しいですが、少し足をのばして、こうした体験型の文化スポットを訪れるのもおすすめです。

「シェムリアップで、ちょっと深い旅がしたい」という方には、きっとぴったりの場所だと思います!

観光だけでは味わえない、文化を学ぶ旅をしたい方におすすめのスポットです