象のテラスとライ王のテラスは、アンコール・トム都城の中心から北側に向かって伸びる石造のテラスです。いずれも12世紀末にジャヤヴァルマン7世によって建造されたと言われています。
約350mにわたって壁面に彫り込まれたレリーフは見事で、躍動感と華やかさを兼ね備えた一つの芸術作品になっています。
象のテラスってどんな遺跡?
まずは、象のテラスがどのような遺跡なのかを確認してみましょう。
名前の通り、象をモチーフにした彫像が多くあります。
王族が閲兵を行ったテラス
この「象のテラス」では、かつて王侯貴族たちが閲兵を行っていたと言われています。王宮前広場にたくさんの兵士が立ち並ぶ光景は、さぞかし壮大だったにちがいありません。
当時このテラスの上には、木造の楼閣や建物があったそうです。まさに「テラス」という呼び名にふさわしく、王はこの建物から人々の暮らしを眺めていたのかもしれませんね。
「象のテラス」のうち、特に中央の部分は「王のテラス」と呼ばれています。
真正面に勝利の門へと続く道が伸び、戦から凱旋する将兵が王に謁見する場でもありました。他国の王族などの貴賓を迎える際にも用いられたと言われています。
1296年から1297年にかけてカンボジアに滞在した漢人・周達観が記した『真臘風土記』にもテラスに関する描写が残っています。テラスは2階建てで、王の席には金の窓があり、柱は鏡で装飾されていたそうです。
また、「象のテラス」は、王の壮大な接見所としても使われました。民にとっては、神に等しい王の姿を目にする貴重な機会だったのかもしれません。王にとっては、自らの威厳と権力をアピールする場でもありました。
外壁に刻まれたガルーダ
ぜひ象のテラスの外壁に着目してみてください。まるでテラスを支えるように、ガルーダとガジャシンハが連なっています。
ガジャシンハは聖獣の一つで、ガジャ(象)とシンハ(獅子)が合体したものと言われています。よく見ると、ガジャシンハはガルーダの天敵であるナーガを握っています。
一つひとつ微妙に表情がちがうので、ぜひじっくり観察してみてくださいね!
蓮の花を摘む象の姿
象のテラスと呼ばれる通り、テラスには象をモチーフにした浮き彫りや彫像がいくつも残っています。
特に北側のテラスにある彫像はとても見応えがあります。蓮の花を摘むような仕草をしている象の頭が見事に表現されています。近くで見ると意外と大きく、装飾の細かさに驚かされます。
テラスの階段の両脇にも同じようなモチーフの象が描かれています。当時の建築技術の高さと芸術の独創性を感じさせるデザインですね。
象のテラスは後世に何度か修復が行われており、新しくレリーフが追加された部分もあります。
5つの頭を持つ馬
北側のテラスには、階段を降りた先に小部屋のような空間が存在しています。ここには象の鼻で遊ぶ子どもや、5つの頭を持つ馬の像が残っており、象のテラスの見どころの一つです!
テラスの内部に隠された名作ギャラリーを見落とさないように探してみてくださいね!
特に5つの頭を持つ馬は、観世音菩薩の化身と言われており、大乗仏教を信仰していたジャヤヴァルマン7世ならではのモチーフとも言えます。
行進する象のレリーフ
象のテラスの外壁には、何体もの行進する象の姿が描かれています。上に乗っているのは、象使いや兵士たちでしょうか。
現在のカンボジアでは象は見かけませんが、かつては貴重な兵力でもあり労働力でもありました。アンコール王朝時代にも、象を使った狩が行われていたようです。
ライ王のテラスってどんな遺跡?
次に、ライ王のテラスについて確認しましょう。
日本を代表する作家、三島由紀夫も訪れたことがあるということをご存知でしょうか。
三島由紀夫の戯曲『癩王のテラス』のモデル
実はこの「ライ王のテラス」は日本と縁のある場所でもあります。
日本を代表する文人・三島由紀夫が最後に手がけた戯曲『癩王のテラス』は、三島が1965年に実際にアンコール・トムを訪れた際に着想を得たと言われています。*現在では「癩」という字は一般的に使用されていません
アンコール王朝の最盛期を創出した英傑・ジャヤヴァルマン7世という実在の人物を主人公として、史実にフィクションを加えて、壮大な戯曲として仕上げました。
病魔に冒されながらアンコール・トムの造営に邁進するジャヤヴァルマン7世の姿と、クメール王朝の衰退を描いた作品です。病で肉体が崩れていく王の姿と、徐々に完成していく観世音菩薩像の姿を対照的に描いています。「三島文学」らしい思想が色濃く表現された作品です。
この戯曲は、1969年に帝国劇場にて北大路欣也主演で上演されました。2016年には、宮本亜門演出・鈴木亮平主演で赤坂ACTシアターにて上演が行われました。
「ライ王」とは誰のこと?
実際に「ライ王のテラス」には「ライ王」像が設置されています。坐像の高さは153cmで、素材は砂岩、12世紀から13世紀ごろに制作されました。
現在テラスに鎮座しているこちらの像は3代目のレプリカで、本物は保護のためにプノンペンの国立博物館で展示されています。しかし、レプリカであっても地元の人々から丁寧に祀られており、いつもお供え物や黄色の衣装が捧げられています。
実はこの「ライ王」像が誰なのかは未だに判明していません。もともとオリジナルの坐像の鼻と指先が欠けていたこと、そして苔で変色していく様子から、「らい病(ハンセン病)に罹った王」という意味で「ライ王/Leper King」と呼ばれるようになりました。
アンコール王朝4代目の王であるヤショーヴァルマン1世がハンセン病を患っていたとするエピソードから、その印象がさらに強まったのかもしれません。
ちなみに「ライ王」伝説を描いたレリーフは、バイヨン寺院の第二回廊の壁面に彫られています。大蛇を切りつけた際に浴びた返り血で病に罹った王が看病されている様子などが描かれています。
また、「ライ王」像はその特徴的な姿から、ヤマ(閻魔)ではないかと推測する説もあります。右膝を立て、インド風の口髭を生やし、よく見ると口元には牙らしきものが確認できます。正面から見るといかにも男性風ですが、後ろからのシルエットは曲線的でまるで女性のようです。
裁判所としての機能を果たしていた?
一説では、この場所は裁判所のような機能を担っていたのではないかと言われています。死後の裁きを行うヤマ(閻魔)像が置かれていたことと何か関連があるのかもしれませんね。
当時のアンコール王朝においても法と刑罰が定められていました。犯した罪に応じて、こまかく罰則が定められていたようです。裁きの場として、上級裁判所である首都法廷や下級裁判所である地方法廷、寺院付属の法定などがありました。
アンコール時代の裁判は、告訴・反論・審理・判決という四段階のステップで行われていたと推測されます。刑罰は、大きく体刑と罰金刑の2つに分かれていました。法に違反した者を罰することは、王の重要な役割の一つでもありました。
迷路のように入り組んだ二重壁
実はこの「ライ王のテラス」は二重構造になっています。もともと内側の壁が先に建設されましたが、一度崩壊してしまったため、外側に新しい壁が加えられたようです。
現在では、内側と外側の間に通路を設けることで、両方の壁を見学できるようになっています。上から観察すると、二重になっている様子がはっきり確認できますね!
内側の壁面には、一面を覆い尽くすかのように神々と阿修羅、ナーガたちが描かれています。敵対する形で表現されることが多い神々と阿修羅が一緒に描かれているのは珍しいです。
高さ約6mの壁に覆われた内部はまるで迷路のようです。間近に迫る精緻な浮き彫りに圧倒されるかもしれません。細部まで様子が確認できほど、内側のレリーフの保存状態は良いです。
外界と切り離されたような不思議な空間です。ぜひじっくりクメール美術の素晴らしい作品を楽しんでくださいね!
象のテラス&ライ王のテラスへの行き方
象のテラスもライ王のテラスも、同じくアンコール・トムの中にあります。アンコール・トムの中心にあるバイヨン寺院の北側にまっすぐ伸びる形です。
見学する場合には、バイヨン寺院のすぐ北側にあるバプーオン遺跡の入り口からまっすぐ北に進みます。もしくは、バプーオンやピミアナカス、王宮跡を一通り見学した後、2つのテラスを見学することも可能です。
アンコール・トム内の遺跡は日陰が少ないため、他の遺跡見学よりも暑く感じることが多いです。日除け対策と水分補給をしっかり行って、熱中症にならないように気をつけましょう!
アンコール・トムまでは、シェムリアップの中心部から車やトゥクトゥクで20〜25分程度です。
アンコール・トム内の遺跡はセットで観光することが多く、たいていはバイヨン寺院からスタートして、その後は徒歩で移動します。歩く距離が長くなるので、歩きやすい靴で訪問しましょう。
トゥクトゥクをチャーターした場合、バイヨン寺院で下車して、ライ王のテラス前の駐車場でドライバーと合流するパターンが多いです。大まかな全体像を把握しておくと移動しやすくなります。
効率よく観光するなら
現地ツアーがオススメ!
日本語ガイドさん付きのツアーなら、広いアンコール・トム内の遺跡も詳しい解説付きで効率よく周れますね!
象のテラス&ライ王のテラス|まとめ
アンコール・トムの見どころの一つ、「象のテラス」と「ライ王のテラス」をご紹介しました! ほかの寺院とはまた違った魅力が楽しめる観光スポットです。
晴れた日は特に、2つのテラスから見渡す景色が素晴らしいので、少し休憩がてらゆっくり立ち止まるのも良いかもしれません。数百年前のアンコール王朝に想いを馳せながら、鑑賞してみてはいかがでしょうか。
テラスの上からは、かつて王侯貴族しか見ることのできなかった景色を目にすることができます! ぜひ当時の光景を思い浮かべながら立ってみてください