
シェムリアップには、アンコール・ワットやベンメリアなどの有名遺跡だけでなく、観光客にはまだあまり知られていない遺跡も数多く残されています。その一つが、クーレン山の東麓に位置する「プーン・コムヌー(ពើងគំនូរ / Peung Kom Nuo)」です。
シェムリアップ市内から車で約1時間半、さらに山道を歩いた先に現れるのは、静かな森と巨大な岩壁が佇む神秘的な空間。8本の腕を持つガネーシャ像や複数のヴィシュヌ神像をはじめ、自然の岩肌を生かした壮麗な彫刻が今も残されています。
決してアクセスしやすい場所ではありませんが、山道を歩いて遺跡を目指す時間も含め、まるで探検をしているような特別な体験を楽しめるのが魅力です。
プーン・コムヌーとは?
プーン・コムヌー(ពើងគំនូរ / Peung Kom Nuo)は、シェムリアップ市内からベンメリア遺跡をさらに越えた先、クーレン山の東麓に位置する岩壁遺跡です。一般的な観光ルートから離れた場所にあり、ガイドブックにもほとんど載っていないマイナー遺跡の一つです。
アンコール・ワットやバイヨンのような一般的な石造寺院とは異なり、プーン・コムヌーでは、自然の巨大な砂岩の岩壁や岩棚を利用して、ヒンドゥー教の神々を表した彫刻や碑文が刻まれています。
周囲には数多くの岩陰や岩棚が広がり、その静かな環境から、古くは王師やバラモン、修行者たちが祈りや瞑想を行う宗教的な場所として利用していたと考えられています。
森の奥に残された岩壁には、現在も1000年以上前のクメール芸術が刻まれています。自然の地形と壮麗な彫刻が一体となった景観を間近で見学できる、歴史的にも貴重な遺跡です。

プーン・コムヌーの歴史
プーン・コムヌーには、ヒンドゥー教の神々を表した彫刻だけでなく、当時の歴史を伝える貴重な碑文も残されています。碑文の内容や周辺の環境から、この場所は国王に仕えた王師やバラモンたちが宗教活動を行う、重要な聖域であったと考えられています。
王師の庵として使われた宗教施設
プーン・コムヌーは、かつて国王の王師やバラモンたちが修行や宗教活動を行う庵であった可能性があります。「王師」とは、国王の師として宗教や思想の面から王を支えた人物で、王権とも深く関わる重要な存在でした。
この場所に残る碑文には、「シヴァ・ソーマ(ព្រះសិវសោម)」という王師の名が刻まれています。シヴァ・ソーマは、9世紀末にアンコール王朝を治めたインドラヴァルマン1世の王師を務めた人物とされています。
また、周囲には静かな岩陰や岩棚が数多く広がっており、古くから仙人の庵(アーシュラマ)として利用されていた可能性も指摘されています。その後も歴代のバラモンや修行者たちによって宗教活動が受け継がれ、長い年月にわたり祈りや修行の場として大切にされてきたようです。

西暦1074年に刻まれた碑文
プーン・コムヌーには、サンスクリット語で書かれた碑文が残されています。碑文はシャカ暦996年、西暦1074年に刻まれたもので、ハルシャヴァルマン3世(在位1066〜1080年)の治世にあたります。
この碑文は、プーン・コムヌーの歴史や宗教的な役割を知る上で、とても重要な資料です。碑文ではこの場所が現在の「プーン・コムヌー(ពើងគំនូរ)」ではなく、「プーン・ケーン・コーン(ពើងកេងកង)」と呼ばれています。現在使われている名称は後世になって定着したのかもしれません。現在の遺跡名の 「ពើងគំនូរ(プーン・コムヌー)」 は、直訳すると「図像のある岩窟」という意味になります。
自然の岩壁に刻まれた彫刻だけでなく、制作された時代や当時の信仰を伝える碑文が残されていることも、プーン・コムヌーの歴史的な価値を高めています。

彫刻は碑文より古い可能性もある
プーン・コムヌーの碑文には西暦1074年という年代が記されていますが、これは必ずしも岩壁に残るすべての彫刻が同じ時期に制作されたことを意味するわけではありません。彫刻の一部は碑文よりも古く、アンコール王朝が始まった9世紀初頭に造られた可能性も指摘されています。
碑文には、ジャヤヴァルマン2世の死後の尊称である「パラメーシュヴァラ(Parameshwara / ព្រះបរមេស្វរៈ)」の名や、クーレン山の古称である「マヘーンドラ山(ភ្នំមហេន្ទ្រ)」についても記されています。ジャヤヴァルマン2世はクーレン山で即位宣言を行い、アンコール王朝の基礎を築いた王として知られています。
こうした記述から、プーン・コムヌーは11世紀より前から宗教的に重要な場所であり、時代を重ねながら彫刻や聖域が整備された可能性も考えられます。ただし、彫刻の正確な制作年代については複数の説があり、現時点では明確に断定されていません。

プーン・コムヌーの見どころ
プーン・コムヌーの巨大な岩壁には、ガネーシャ神やヴィシュヌ神をはじめ、ヒンドゥー教の神々を表した多彩な彫刻が残されています。自然の岩肌や地形を生かした独特の配置にも注目しながら、1000年以上前のクメール芸術をじっくり見学してみましょう。

各遺跡は山の中に散在しています。自力で訪問するのはかなり困難なので、現地を熟知したガイドさんに必ず同行してもらいましょう!
8本の腕を持つガネーシャ像
プーン・コムヌーを代表する見どころの一つが、8本の腕と3つの目を持つガネーシャ像です。像は幅約142cm、高さ約156cmで、巨大な岩と岩の間を利用するように彫られています。

ガネーシャは、シヴァ神の息子であり、象の頭と人間の身体を持つヒンドゥー教の神で、知恵や学問、商業を司り、障害を取り除く神として広く信仰されています。
8本の腕には、雷や牙、蓮の花、棍棒など、それぞれ異なる持物が表現されています。岩肌に直接刻まれた彫刻でありながら、身体の輪郭や装飾は細部まで丁寧に仕上げられており、当時のクメール彫刻の高い技術を感じられるでしょう。

ナーガの上に横たわるヴィシュヌ神
8本腕のガネーシャ像と向かい合う岩壁には、多頭のナーガの上に横たわるヴィシュヌ神の姿が刻まれています。このナーガは、ヴィシュヌ神に仕える蛇神「アナンタ」と考えられています。
ヒンドゥー神話では、ヴィシュヌ神が宇宙の海に浮かぶアナンタの上で眠り、そのへそから伸びた蓮の花から創造神ブラフマーが誕生したと伝えられています。プーン・コムヌーの彫刻にも、ヴィシュヌ神のそばに女神ラクシュミーやブラフマー神が表現されており、宇宙創造に関係する神話的な場面を見ることができます。
彫刻は平らに整えられた石壁ではなく、自然に形成された岩の形状を生かして刻まれています。岩と岩の間に配置されたガネーシャ像と向かい合う構成も特徴的で、神秘的な空間になっています。

主要な神々の彫刻群と碑文
プーン・コムヌーの中でも特に壮観なのが、多数の神々や人物が一つの岩壁に刻まれた大規模な彫刻群です。全体は大きく中央・左側・右側の3つに分けられ、シヴァ神やヴィシュヌ神、女神、バラモンなど、複数の神話や宗教的な場面が表現されています。

中央部分には複数の大きな神像が並び、その間や下部には女神や小さなバラモンの姿も確認できます。さらに周囲には獅子などの動物像も刻まれているため、大きな神像だけでなく、細かな人物や装飾にも注目してみてください。
中央の大きな神像は、右から順に「インドラ神」「ヴィシュヌ神」「シヴァ神」「ブラフマー神」であると考えられています。それぞれの神妃が横に描かれており、右から「ラクシュミー」「ウマ(またはドゥルガ)」「サラスヴァティー」の順に並んでいます。青味がかった部分は後世に着色されたようです。

彫刻群の近くには、王師「シヴァ・ソーマ」の名を伝える碑文も残されています。西暦1074年にあたる年代が記されたサンスクリット語の碑文は、この場所の歴史や宗教的な役割を知るうえで重要な資料です。

壮麗な彫刻と歴史を伝える碑文を同じ場所で見学できることも、プーン・コムヌーの大きな魅力といえますね!
ガルーダの上に乗るヴィシュヌ神
上記の3箇所から少し奥に進むと、神鳥ガルーダの上に乗るヴィシュヌ神の姿も見られます。
ガルーダは、人間の身体と鳥の翼やくちばしを持つヒンドゥー神話の神鳥で、ヴィシュヌ神の乗り物として知られています。同じヴィシュヌ神でも、姿勢やともに描かれる神獣によって異なる役割や物語が表現されている点は、クメール美術の興味深い特徴です。

プーン・コムヌーでは、複数のヴィシュヌ神像を一つの遺跡で見比べることができます。それぞれの彫刻の構図や表情、周囲に描かれた神々にも注目すると、より深く見学を楽しめるでしょう。

ネアック・ター・デーク・プイアン
プーン・コムヌーの周辺には、「ネアック・ター・デーク・プイアン」と呼ばれる場所もあります。名称は「横たわる精霊」を意味し、雨季になると川となる場所の岩肌に、ナーガ(またはアナンタ)の上で横たわるヴィシュヌ神の姿が刻まれています。
水の流れる自然の岩盤に神々の姿を刻む表現は、シェムリアップのクバール・スピアンにも見られます。クバール・スピアンでは、川底に多数のリンガやヴィシュヌ神などの彫刻が残されており、水とヒンドゥー教の信仰との深い結び付きを感じることができます。

雨季中盤になると、ここは水で埋まってしまうため、見学できるのは干上がっているとき限定となります。見学の際はタイミングに注意が必要です。

プーン・コムヌーへの行き方
プーン・コムヌーは一般的な観光ルートから離れた山間部にあり、アクセスには十分な準備が必要です。シェムリアップ市内から麓付近までは車で移動できますが、その先は山道を歩きます。初めて訪れる場合は、必ず現地の道を把握したガイドを手配しましょう。
シェムリアップ市内から車で約1時間半
プーン・コムヌーへ向かう場合は、シェムリアップ市内からベンメリア方面へ進みます。遺跡はベンメリアよりもさらに先にあるクーレン山の東麓に位置し、車でアクセスできる麓付近までは、市内から約1時間半が目安です。
市街地から離れた山間部へ向かうため、移動には車を利用しましょう。道路状況や現地までの距離を考えると、一般的な市内観光で利用するトゥクトゥクでの訪問はできません。また、天候や季節によって道路状況が変わり、通常より移動に時間がかかる可能性もあります。
ベンメリア遺跡周辺を過ぎると、観光客向けの施設や休憩場所はほとんどありません。出発前に飲料水などを準備し、途中でトイレ休憩も済ませておくと安心です。

麓から遺跡までは徒歩約40分
車で移動できるのはクーレン山の麓付近までです。車を降りた後は、森の中を通る山道を約40分歩いてプーン・コムヌーを目指します。道は全体的に緩やかな上り坂で、本格的な登山ではありませんが、観光地のように歩きやすく整備されているわけではありません。

場所によっては木の根や石が露出しているほか、季節によって草木が生い茂り、道が見えにくくなることもあります。特に雨季は地面がぬかるみ、岩や土の上で足を滑らせやすくなるため、足元には十分注意してください。
歩く距離はそれほど長くありませんが、高温多湿の環境では想像以上に体力を消耗します。途中で適度に休憩しながら、こまめな水分補給を心掛けましょう!


現地を知るガイドと訪問しよう
プーン・コムヌーを訪れる際は、現地の道や遺跡の場所を把握したガイドの同行が必要です。麓から遺跡までの道には、一般的な観光地のような案内板や整備された遊歩道はほとんどありません。
分岐や道が分かりにくい場所もあり、Googleマップだけを頼りに目的地までたどり着くのはかなり困難です。

また、山間部では携帯電話の電波が不安定になる可能性もあります。万が一道に迷った場合、現在地を確認したり、外部へ連絡したりできるとは限りません。
初めて訪れる方だけで山へ入ることは避け、必ずプーン・コムヌーへの訪問経験があるガイドや現地の案内人を手配してください。

遺跡まで安全にたどり着くだけでなく、彫刻や碑文の場所を見落とさず、その歴史的背景を知るためにも、知識のあるガイドと一緒に訪れることをおすすめします。
プーン・コムヌーを訪れる際は、履き慣れたスニーカーやトレッキングシューズを選びましょう。未舗装の山道を歩くため、滑りやすく足を保護しにくいサンダルは基本的におすすめできません。
山道には草木が生い茂っている場所もあります。虫刺されを防ぎ、枝や草による擦り傷から肌を守るためにも、ジーンズなど厚手の生地の長ズボンと、肌の露出を抑えた動きやすい服装がおすすめです。
また、周辺には売店やトイレなどの観光施設がありません。十分な量の飲料水や虫除けスプレーを事前に準備し、トイレも済ませてから向かいましょう。プーン・コムヌーへ向かうルートでは、ベンメリア遺跡周辺が最も近い休憩ポイントになります。必要なものはシェムリアップ市内で用意し、万全の準備を整えて訪れてください。
実際に訪れて感じたプーン・コムヌーの魅力
プーン・コムヌーを実際に訪れて印象に残ったのは、観光客がほとんどいない静かな森の中で、ゆっくりと遺跡を見学できることです。
車を降りて山道を歩き、草木の間を抜けながら遺跡を目指す道のりは、まさに「冒険」そのもの。目的地に到着するまでの時間も含めて、探検気分を楽しめます。
また、一般的な石造寺院とは異なり、自然の巨大な岩壁そのものが聖域として利用されている点も興味深く感じました。岩の大きさや彫刻のスケールは写真だけでは伝わりにくく、実際に目の前に立つことで、自然とクメール芸術が一体となった独特の空間を体感できます。

プーン・コムヌーは、アンコール・ワットやバイヨンなどの有名遺跡を一通り訪れた方をはじめ、マイナー遺跡やクメール美術、ヒンドゥー神話に興味がある方におすすめです。自然や軽いトレッキングを楽しみたい方にも向いていると思います。
一方、移動や徒歩での見学に時間がかかるため、長時間歩くことが難しい方や、短い旅行日程で主要遺跡を効率よく巡りたい方には、あまり向かないかもしれません。

アクセスは決して簡単ではありませんが、その道のりも含めて楽しめる方にとっては、特別な遺跡体験になること間違いなし!

まとめ|クーレン山東麓に残る神秘的な岩壁遺跡
プーン・コムヌー(ពើងគំនូរ / Peung Kom Nuo)は、クーレン山の東麓に残る、1000年以上の歴史を持つ貴重な岩壁遺跡です。巨大な砂岩には、8本の腕を持つガネーシャ像やナーガの上に横たわるヴィシュヌ神像、ヒンドゥー教の神々を表した壮麗な彫刻群が刻まれています。
シェムリアップ市内から車で約1時間半、さらに山道を約40分歩くため、決して気軽に訪れられる場所ではありません。しかし、静かな森を歩いた先に現れる巨大な岩壁や、自然と一体になったクメール彫刻は、アンコール・ワットやバイヨンとは異なる特別な魅力を感じさせてくれます。
有名なアンコール遺跡を一通り巡った方や、マイナー遺跡、クメール美術、ヒンドゥー神話に興味がある方は、ぜひ現地をよく知るガイドと一緒に訪れてみてください!




























プーン・コムヌーの歴史や見どころ、シェムリアップからの行き方を、実際に訪れた様子とともに詳しくご紹介します!