
シェムリアップのアンコール・トム北西部にひっそりと佇む仏教寺院「プリア・パリライ(Preah Palilay)」をご紹介。森に囲まれた静かな遺跡で、7つの頭を持つナーガの欄干や高くそびえる中央祠堂、仏教説話を描いた貴重な彫刻が見どころです。小規模寺院ながらもその美しさからひそかに人気があります。
創建年代や建立王については複数の説があり、現在もはっきりとは分かっていません。この記事では、プリア・パリライの歴史や名前の由来、仏教彫刻、主な見どころ、行き方まで、現地で確認した情報と複数の資料をもとにわかりやすく紹介します。
プリア・パリライとは
プリア・パリライ(Preah Palilay)は、アンコール・トムの王宮跡北側、テップ・プラナムの背後に位置する小規模な仏教寺院です。
森に囲まれた静かな遺跡で、高くそびえる中央祠堂や十字形のテラス、仏教説話を表した彫刻などが主な見どころ。創建年代や建立王については複数の説があり、現在もはっきりとは分かっていません。
寺院名の「Palilay」は、仏陀がコーサンビーを離れた後に滞在したとされるPārileyyaka/Pālilayakaの森に由来するという説があります。東塔門には、森の中で象などの動物から供養を受ける仏陀の場面が残っており、この説話と寺院名との関連も指摘されています。

規模は大きくありませんが、歴史や宗教的背景に謎が多く、機会があればアンコール・トム観光の際に立ち寄りたい遺跡のひとつです

創建年代と建立王には複数の説がある
プリア・パリライには創建を示す碑文が残されておらず、正確な創建年代や建立王は分かっていません。また、中央祠堂と東塔門では建築様式や彫刻の年代が異なるとする研究もあり、寺院全体が一度に造られたとは限らないと考えられています。
プリア・パリライの年代を考えるうえで重要なのが、考古学者アンリ・マルシャルによる分析です。マルシャルは、中央祠堂やテラスと、東塔門や仏教彫刻では成立年代が異なると分析しています。
その年代分析を軸に、後世の研究や資料で関連づけられている王を整理すると、次のようになります。
| 遺構・要素 | マルシャルの年代分析 | 後世に関連づけられた王・時期 |
|---|---|---|
| 中央祠堂・テラス | 12世紀 | スーリヤヴァルマン2世、ダラニンドラヴァルマン2世など |
| 東塔門・仏教浮彫 | 13世紀 | インドラヴァルマン2世、ジャヤヴァルマン8世など |
| さらに後世の仏教施設 | 13世紀末以降も可能性 | 後期上座部仏教期 |
このように見ると、資料によって創建年代や建立王が異なるのは、必ずしもどれか一つの説が誤っているからとは限りません。12世紀に造られた中央祠堂を核として、13世紀以降にも東塔門や仏教彫刻などが加えられ、寺院の姿が段階的に形成された可能性があります。

仏教寺院に残る貴重な彫刻
プリア・パリライでは、東塔門を中心に仏陀の生涯や説話を表した彫刻が比較的明瞭に残っています。アンコール遺跡では後世に仏教図像が削られた例も多いため、これほど多くの場面を確認できるのは大きな特徴です。
仏教説話が残る東塔門
東塔門には、四方それぞれに異なる仏教説話が描かれています。どれも比較的保存状態がよく、図柄がはっきり残っている点が特徴です。他の遺跡ではあまり目にすることのない珍しい場面が描かれているので、ぜひ訪問時にチェックしてみてください。

東面では、カーラの上に横たわる仏陀が表され、その上の破風には立仏が描かれています。横たわる仏陀の表現は、アンコール遺跡の中でも珍しいものとされています。



北面には、暴れ象ナーラーギリを鎮める仏陀の場面があります。象は二度描かれ、仏陀に襲いかかる姿と、その後に鎮められた姿が連続して表現されています。
上部の破風には、2人の人物が棒のようなもので仏像を打つ奇妙な場面も確認できます。
暴れ象ナーラーギリは、仏陀を亡き者にしようとしたデーヴァダッタによって、王舎城の道に放たれた凶暴な象です。ナーラーギリは人々を恐れさせながら仏陀へ突進しました。しかし、仏陀は逃げることなく静かにその場に立ち、慈悲の心を向けます。
すると象は次第に怒りを鎮め、仏陀の前でおとなしくなりました。力ではなく慈悲によって猛獣を鎮めたこの場面は、仏陀の徳を象徴する説話として伝えられています。


西面では、男女と2人の子どもの上に立つ仏陀が描かれており、ヴェッサンタラ(須達拏)が自らの子どもを施す説話を表したものではないかと考えられています。下段には象の行列も刻まれています。
ヴェッサンタラは、慈悲深く布施を何よりも大切にした王子です。彼は求める者があれば財宝だけでなく、ついには自分の大切な子どもたちまで与えてしまいます。
その行為はあまりにも過酷ですが、仏教では究極の布施の実践として語られ、ヴェッサンタラは後に仏陀となる菩薩の前世の一つとされています。家族との別れと再会を通して、執着を手放すことと慈悲の深さを描いた説話です。

南面には、仏陀が大地に触れて悟りの証人とする「降魔成道」の場面が描かれています。この破風は、アンコールに残る仏陀表現の中でも特に美しい例として評価されています。

13世紀のアンコールでは、仏教に対する大規模な図像破壊が行われたと考えられており、多くの寺院で仏像や仏教に関係する彫刻が削られたり、別の姿に作り替えられたりしました。
そのため、現在のアンコール遺跡群では、当時の仏教図像がはっきりとした姿で残っている例はそれほど多くありません。
その中でプリア・パリライは、仏陀の姿や仏教説話を表したレリーフを比較的良好な状態で見ることができる点が大きな特徴です。

もちろん、一部には損傷や削られた痕跡もあり、図像破壊を完全に免れたとは断定できません。
それでも、複数の仏教説話を現在でも読み取れるほど彫刻が残されていることは、プリア・パリライならではの貴重な見どころといえるでしょう。

ヒンドゥー教の神々も描かれる
一方、中央祠堂では、東塔門とは異なる宗教的な図像を見ることができます。東側のリンテルには、三頭の象アイラーヴァタに乗るインドラ神が描かれているとされています。
現在は中央祠堂の上段まで立ち入ることができず、手前の石材にも遮られているため、外側から図像全体をはっきり確認するのは困難です。ただし、望遠で撮影するとリンテル自体と下部のカーラ文様を確認できます。

西側のリンテルには、3羽のハンサに乗るブラフマー神とされる神像が比較的明瞭に残っています。資料によってはヴァールナ神とする見解もあるため、神格の比定には諸説があります。

このように、プリア・パリライは基本的には仏教寺院として理解されていますが、中央祠堂にはヒンドゥー教に由来する神々の図像も残されています。
単純に「仏教とヒンドゥー教が混在する寺院」とみなすより、中央祠堂と東塔門で成立年代が異なる可能性を踏まえ、時代ごとに異なる宗教表現が重なっていると考える方が自然かもしれませんね。

プリア・パリライの主な見どころ
プリア・パリライは小規模な寺院ですが、保存状態の良いナーガの欄干や独特の形をした中央祠堂など、印象的な見どころがあります。森に囲まれた静かな景観も、この遺跡ならではの魅力です。
7つの頭を持つナーガと十字テラス
遺跡の東側には十字形のテラスがあり、その両側をナーガの欄干が飾っています。ナーガは7つの頭を持ち、細部まで比較的良好な状態で残っていました。
アンコール遺跡ではナーガの欄干を各所で目にしますが、プリア・パリライでは森の中に延びるテラスと一体になった姿が特に印象的です。

さらに、このナーガはカンボジアの50,000リエル紙幣の表面にも描かれています。
紙幣を手にする機会があれば、実際の遺跡と見比べてみるのもおすすめです。リエル紙幣に描かれた遺跡やモチーフについては、別記事の「カンボジアのリエル紙幣」でも詳しく紹介しています。

高くそびえる中央祠堂と遺跡の構造
プリア・パリライの中心には、三層の基壇の上に建つ中央祠堂があります。
祠堂は東西南北の四方向に開き、その上には細長く伸びる非常に高い塔がそびえています。東側の十字形テラスから進むと東塔門があり、その先を周壁が囲み、中央に祠堂が置かれる構成です。
前述の年代研究では、中央祠堂は寺院内でも比較的古い部分と考えられており、12世紀にさかのぼる可能性が指摘されています。一方、現在見られる高塔の一部には、後世に増築された部分が含まれるのではないかという説もあります。
周囲には崩落した石材が点在し、森の中に残る遺構と自然が一体となった景観も印象的です。

雨季に見られる美しい光景
プリア・パリライは小規模な遺跡ですが、雨季には格別の美しさを見せてくれます。木々や苔の緑が鮮やかになり、高くそびえる中央祠堂を深い緑が包み込むような、幻想的な風景が広がります。
特に見応えがあるのが中央祠堂の南側です。大きなスポアンの幹が祠堂に絡みつくように伸びており、石造建築と樹木が長い年月をかけて一体になったような姿を見ることができます。
雨季には周囲の緑もいっそう濃くなり、カンボジアの遺跡らしい景観を楽しめる場所です。

その美しい雰囲気から、現地の人々がウェディングフォトの撮影としても人気!規模こそ大きくありませんが、静かな森と遺跡がつくり出す景観は、アンコール・トムの中でも印象に残る美しさです。

プリア・パリライへの行き方と見学のポイント
プリア・パリライは、アンコール・トム王宮跡の北側、ピミアナカスからさらに北へ進んだ場所にあります。テップ・プラナムの背後、西側に位置しており、王宮跡周辺を見学した流れで徒歩でも立ち寄りやすい遺跡です。

大通りから少し奥に入った森の中にあるため、観光客は比較的少なく、静かな雰囲気の中で見学できます。ただし、雨季は地面がぬかるみやすいため、足元には注意が必要です。
東側にあるテップ・プラナムには大きな仏像が祀られ、現在も信仰の場として使われています。また、この周辺一帯には古くから仏教施設が存在していた可能性も指摘されており、プリア・パリライとあわせて見ると、この一帯の仏教的な歴史をより感じやすくなります。




一部のガイドブックでは、テップ・プラナムで僧侶に占いをしてもらえる場合があるとも紹介されています。ただし、常時対応しているとは限らず、英語が通じないこともあります。希望する場合は、クメール語で通訳できる現地ガイドに相談しておくと安心です。

まとめ|仏教彫刻が残る静かな寺院
プリア・パリライ(Preah Palilay)は、アンコール・トムの中でも観光客が比較的少なく、静かに見学できる仏教寺院です。
創建年代や建立王には複数の説がありますが、12世紀の中央祠堂を核として、13世紀以降にも増築や改修が行われた可能性が考えられています。
東塔門には仏教説話のレリーフが比較的よく残る一方、インドラ神などヒンドゥー教由来の図像も見られる点が特徴です。7つの頭を持つナーガは50,000リエル紙幣にも描かれ、森の中に高くそびえる中央祠堂も見応えがあります。

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