
シェムリアップを代表する観光地のひとつ、アンコール・トム(Angkor Thom)。城壁に囲まれた広大な王都跡には、バイヨンやバプーオン、象のテラス、ライ王のテラスをはじめ、数多くの遺跡や5つの城門が点在しています。
見どころが多い一方で、「どこを優先して回ればいい?」「所要時間はどれくらい?」「地図で位置関係を確認したい」という方も多いはず。
今回の記事では、実際に現地を巡った経験をもとに、アンコール・トムの歴史、主な遺跡、地図、おすすめ観光ルート、所要時間、見学時の注意点まで、初めて訪れる方にもわかりやすくまとめて紹介します!
- 1 アンコール・トムとは|巨大な王都遺跡の歴史と特徴
- 2 アンコール・トムの地図|主な遺跡と位置関係
- 3 アンコール・トムの見どころ|中心部の主な遺跡
- 3.1 バイヨン(Bayon)
- 3.2 バプーオン(Baphuon)
- 3.3 象のテラス(Terrace of the Elephants)
- 3.4 ライ王のテラス(Terrace of the Leper King)
- 3.5 ピミアナカス(Phimeanakas)
- 3.6 王宮跡と女池・男池(Royal Palace)
- 3.7 プリア・パリライ(Preah Palilay)
- 3.8 テップ・プラナム(Tep Pranam)
- 3.9 プリア・ピトゥ(Preah Pithu)
- 3.10 プラサット・スゥル・スラット(Prasat Suor Prat)
- 3.11 北クリアン・南クリアン(North & South Khleang)
- 4 アンコール・トムの5つの城門
- 5 アンコール・トム観光のおすすめルートと所要時間
- 6 アンコール・トム観光のポイントと注意点
- 7 まとめ|アンコール・トムの見どころを効率よく巡ろう
アンコール・トムとは|巨大な王都遺跡の歴史と特徴
アンコール・トムは、12世紀末にジャヤヴァルマン7世によって整備された巨大な王都です。ジャヤヴァルマン7世は、チャンパ王国との戦いを経て1181年頃に即位し、その後、城壁と環濠に囲まれた新たな都城を築きました。
アンコール・トムは一辺約3kmのほぼ正方形で、高さ約8mの城壁に囲まれています。東西南北の各方向に門が設けられ、東側にはさらに「勝利の門」があるため、城門は全部で5つ。都城内には十字状に主要道路が延び、その中心にはジャヤヴァルマン7世の国家寺院であるバイヨンが建てられています。

現在は多くの場所が森に覆われていますが、かつてのアンコール・トムは寺院だけが点在する場所ではなく、人々が暮らし、政治や宗教活動が行われる活気ある都市でした。
城内には水路や排水施設が整備され、周辺の河川や水系と結びついた高度な水管理システムが機能していたと考えられています。王宮周辺にも貯水池や水路が設けられ、現在も女池・男池などにその痕跡を見ることができます。
1296年にアンコールを訪れた元王朝の使節・周達観は、『真臘風土記』の中で当時のアンコール・トムの様子を詳しく記録しています。都城には5つの門があり、城外には大きな環濠と石橋が設けられ、橋の両側にはナーガを引く巨大な石像が並んでいました。城門は夜に閉じられ、朝に開かれ、門番も配置されていたといいます。また、都城の中心には「金塔」と呼ばれる建物があり、その北には「銅塔」や王宮が続いていました。現在は森に覆われたアンコール・トムですが、周達観の記録からは、当時ここが厳重に管理され、多くの建物や人々で賑わう壮大な王都だったことがうかがえます。
アンコール・トムはその後も王都として使われましたが、15世紀前半にはアユタヤ王朝の攻撃を受け、クメール王権の中心は次第に南東へ移っていきました。現在残るのは石造の寺院や城門、テラスなどが中心ですが、かつて城壁の内側には木造の宮殿や住居を含む多くの建物が広がっていたと考えられています。つまりアンコール・トムは、単なる「遺跡の集合」ではなく、かつて一つの巨大な都市そのものだった場所です。
アンコール・トムの地図|主な遺跡と位置関係
アンコール・トムは一辺約3kmの広大な都城で、見どころは城内の各所に点在しています。中心に位置するのがバイヨンで、その北西側にはバプーオン、象のテラス、ライ王のテラス、ピミアナカス、王宮跡など主要遺跡がまとまっています。
さらに北へ進むと、北クリアン・南クリアン、テップ・プラナム、プリア・パリライなどがあり、中心部から少し離れるほど観光客も少なくなります。
また、アンコール・トムの城壁には5つの門があり、南大門・北大門・西大門・東側の死者の門に加えて、王宮前広場から東へ延びる道の先に勝利の門があります。一般的な観光では南大門から入り、バイヨンを起点に中心部の遺跡を巡るルートが効率的です。
アンコール・トムの見どころ|中心部の主な遺跡
アンコール・トムには大小含めてさまざまな遺跡が残っています。ここでは簡単に各遺跡のポイントをご紹介!さらに詳しい解説は、遺跡ごとの個別記事にまとめています。
バイヨン(Bayon)
バイヨンは、アンコール・トムのほぼ中心に位置する、ジャヤヴァルマン7世を代表する国家寺院です。12世紀末から13世紀初頭にかけて造営され、大乗仏教を中心としながら、各地の神々や在来の信仰も取り込んだ、いわば「万神殿」のような性格を持っていたと考えられています。
最大の特徴は、塔の四方に刻まれた巨大な尊顔像。その正体には諸説あり、観世音菩薩やジャヤヴァルマン7世との関連などが論じられてきました。
さらに回廊のレリーフには、チャンパとの戦いだけでなく、市場、料理、漁、娯楽など庶民の日常生活も生き生きと描かれています。アンコール・トムを象徴する存在であり、建築・宗教・当時の社会をまとめて読み取れる重要な遺跡です。


バプーオン(Baphuon)
バプーオンは、バイヨンの北西に位置する11世紀中頃のヒンドゥー教寺院です。ウダヤーディティヤヴァルマン2世によって建立され、もともとはシヴァ神に捧げられた国家寺院でした。
ピラミッド状に積み上げられた壮大な伽藍と、東側から延びる長い高床式の参道が特徴です。西側には15〜16世紀ごろに造られた巨大な涅槃仏があり、後世に仏教寺院として利用された歴史も残されています。


象のテラス(Terrace of the Elephants)
象のテラスは、アンコール・トムの王宮前広場に面して延びる長大な石造テラスです。12世紀末〜13世紀初頭、ジャヤヴァルマン7世の時代に整備されたと考えられ、王が儀式や行進を見渡すための場所として使われました。
外壁には象や象使い、ガルーダなどの力強いレリーフが連なり、特に象の鼻を立体的に表した彫刻が印象的です。王都の政治的・儀礼的な中心空間を感じられる代表的な見どころです。


ライ王のテラス(Terrace of the Leper King)
ライ王のテラスは、象のテラスの北側に続く石造テラスで、細かな彫刻が残る二重壁が大きな見どころです。内側の壁面にはナーガや神々、さまざまな人物像がびっしりと刻まれており、狭い通路を歩きながら間近で観察できます。
名称は、テラス上で発見された人物像が、ハンセン病を患った王を表すものと考えられた伝承に由来します。
実はこの遺跡は、日本文学とも意外なつながりがあります。三島由紀夫は1965年にアンコールを訪れた際に着想を得て、1969年に戯曲『癩王のテラス』を発表しました。作品ではジャヤヴァルマン7世を主人公に、アンコール・トムやバイヨンの造営を背景として、王の肉体の崩壊と壮大な建築の完成が対照的に描かれています。
「ライ病」は現在「ハンセン病」と呼ばれています。本記事では、遺跡名として定着している「ライ王のテラス」および三島由紀夫の作品名『癩王のテラス』について、歴史的な名称・原題をそのまま表記しています。


ピミアナカス(Phimeanakas)
ピミアナカスは、アンコール・トムの王宮跡内に建つピラミッド型の寺院です。現在の姿は主に11世紀初頭のスーリヤヴァルマン1世の時代に整えられたと考えられています。
周達観の『真臘風土記』には、王が毎夜、塔の上でナーギー(蛇神)の化身である女性と交わるという伝説が記されており、これを怠ると国に災いが起こると信じられていました。王宮の中でも特に神秘的な伝承を持つ遺跡です。

王宮跡と女池・男池(Royal Palace)
ピミアナカスの周辺には、かつて王が暮らした王宮跡が広がっています。宮殿の建物そのものは木造だったため現存していませんが、基壇や門、池などから当時の構成をうかがうことができます。
なかでも知られているのが「女池」と「男池」と呼ばれる2つの池で、王宮内の水場として利用されていたと考えられています。現在は静かな水面が残り、王宮跡の往時を想像できる場所です。


プリア・パリライ(Preah Palilay)
プリア・パリライは、アンコール・トム王宮跡の北側、テップ・プラナムの背後に位置する小規模な仏教寺院です。高くそびえる中央祠堂や、7つの頭を持つナーガの欄干、仏教説話を描いた東塔門のレリーフが主な見どころ。
創建年代や建立王には複数の説があり、12世紀の中央祠堂を核として、13世紀以降にも増築や改修が行われた可能性があります。森に囲まれ、比較的静かに見学できる遺跡です。

テップ・プラナム(Tep Pranam)
テップ・プラナムは、アンコール・トム王宮跡の北側に位置する仏教遺跡です。現在は大きな仏像が祀られ、今も人々の信仰の場として利用されています。一部のガイドブックでは、僧侶に占いをしてもらえることがあるとも紹介されている寺院です。
遺構そのものは比較的簡素ですが、周辺には古くから仏教施設が存在していた可能性も指摘されており、アンコール・トムにおける仏教信仰の広がりを考えるうえで興味深い場所です。背後にはプリア・パリライがあり、あわせて見学できます。

プリア・ピトゥ(Preah Pithu)
プリア・ピトゥは、アンコール・トム北東部に位置する、5つの寺院からなる寺院遺跡群です。
それぞれT・U・X・V・Yの記号で区別され、同じ時期に一体として建てられたものではないと考えられています。多くは12世紀頃に造られたヒンドゥー教寺院ですが、X寺院は仏教寺院で、より後世に建立された可能性があります。
観光客は比較的少なく、森の中に点在する複数の寺院を歩いて巡ることができるのも魅力です。

プラサット・スゥル・スラット(Prasat Suor Prat)
プラサット・スゥル・プラットは、象のテラスやライ王のテラスの向かい側に、南北に並ぶ12基の塔からなる遺構です。
「綱渡り芸人の塔」という意味で知られ、かつて塔の間に綱を張って曲芸を行ったという伝承がありますが、実際の用途は明らかになっていません。
周達観の『真臘風土記』には、争いの当事者を塔に入れ、神の判断によって勝敗を決める「神明裁判」に使われたという記録も残されています。

北クリアン・南クリアン(North & South Khleang)
北クリアンと南クリアンは、王宮前広場の東側、プラサット・スゥル・プラットの背後に向かい合って建つ細長い石造建築です。
10世紀末〜11世紀初頭ごろに造られたと考えられ、「クリアン」はクメール語で「倉庫」を意味しますが、実際の用途は明らかになっていません。王への忠誠を誓う碑文が残ることから、王都を訪れた貴族や使節を迎える迎賓施設、あるいは宿泊施設として使われた可能性も指摘されています。

アンコール・トムの5つの城門
アンコール・トムの城壁には、東西南北の4方向に加えて東側にもう1つ、合計5つの城門があります。いずれも巨大な尊顔像を戴く特徴的な姿をしていますが、現在の観光ルートや周囲の雰囲気はそれぞれ異なります。
南大門(South Gate/Tonle Om Gate)
南大門は、アンコール・ワット方面からアンコール・トムへ向かう際に通ることが多い、最も定番の城門です。現在残る5つの門の中でも保存状態がよく、観光客の往来も特に多い場所です。
門の手前には環濠を渡る石橋が延び、その両側にはナーガを引く神々(デーヴァ)と阿修羅(アスラ)の像が並びます。これはヒンドゥー教の天地創造神話「乳海攪拌」を表したものと考えられています。
正面にそびえる城門には四方向を向いた巨大な尊顔像が刻まれ、アンコール・トムへの入口にふさわしい迫力ある景観が広がります。


勝利の門(Victory Gate)
勝利の門は、アンコール・トム東側に設けられた2つの門のうち北側に位置し、王宮前広場や象のテラス方面へ続く道と結ばれています。王が王宮へ出入りする際に利用した重要な門と考えられ、軍事遠征から帰還する王や軍隊が通った「勝利の門」としても知られています。
現在は城門の脇から城壁上へ上がることができ、間近から巨大な尊顔像を眺められるのも魅力です。下から見上げるのとは異なる角度で彫刻を観察できるほか、森に包まれた城門を背景に撮影できるため、密かなフォトスポットとしても人気があります。

死者の門(Gate of the Dead)
死者の門は、アンコール・トム東側の中央軸上に位置する城門です。一般的な観光ルートから外れているため訪れる人は少なく、南大門とは対照的に、森の中にひっそりと佇む静かな雰囲気を楽しめます。特に雨季には石造の門や周囲の城壁が苔と深い緑に包まれ、印象的な景観になります。
「死者の門」という呼び名については、かつて死者や罪人の遺体、王族の葬送などがこの門を通って城外へ運ばれたという伝承に由来するとされています。ただし、この用途を直接裏付ける確実な史料は乏しく、名称の由来については明らかになっていません。

ちなみに、クメール語では「ទ្វារខ្មោច」と呼ばれ、直訳すると「幽霊(死者)の門」という意味です。その名前やひっそりとした雰囲気から、地元では心霊スポットのように語られることもあります

北大門(North Gate/Dei Chhnang Gate)
北大門は、アンコール・トム北側に位置する城門で、バイヨンから北へ延びる道の先にあります。南大門と同様、門の上には四方向を向いた巨大な尊顔像があり、手前の橋には神々と阿修羅がナーガを引く彫像が並びます。
南大門に比べると観光客は少なく、落ち着いて城門の造形を眺めやすいのも特徴です。プリア・カンなどの北側の遺跡へ向かう際に通ることがあります。

西大門(West Gate/Ta Kav Gate)
西大門は、アンコール・トム西側の森の中に佇む城門です。観光の主要ルートから外れているため訪れる人は少なく、5つの門の中でも特に静かで素朴な雰囲気があります。
他の城門と同様に巨大な尊顔像が残り、かつては環濠を渡る参道に神々と阿修羅の像が並んでいました。周囲には深い森が広がり、アンコール・トムの城壁そのものをじっくり見たい人にもおすすめの場所です。

アンコール・トム観光のおすすめルートと所要時間
アンコール・トム観光の定番ルートは、南大門から城内へ入り、まずバイヨンを見学したあと、周辺の主要遺跡を順番に巡るコースです。特に人気が高いのは、バイヨン、バプーオン、象のテラス、ライ王のテラスの4か所。移動や写真撮影の時間も含めると、これらの見学だけでも3〜4時間を見ておくと安心です。*ツアーによっては見学を簡略化することがあります
もう少し体力や時間に余裕がある場合は、王宮跡やピミアナカス、北クリアン・南クリアン、プリア・ピトゥなどの小規模遺跡にも足を延ばしてみるとよいでしょう。主要スポットとは雰囲気が異なり、観光客が比較的少ない場所も多いため、より落ち着いてアンコール・トムを楽しめます。
なかでもおすすめなのがプリア・パリライです。森に囲まれた静かな寺院で、雨季になると苔や木々の緑が鮮やかになり、高くそびえる中央祠堂の美しさがいっそう際立ちます。現地では記念撮影の場所としても人気があるので、時間に余裕があり、少し奥まで歩いてみたい方はぜひ立ち寄ってみてください。

アンコール・トム観光のポイントと注意点
アンコール・トムは広大な遺跡群で、見学中は屋外を歩く時間が長くなります。全体的に日陰が少ない場所も多いため、特に日中は熱中症に注意しましょう。
こまめに水分を補給し、無理に予定を詰め込まず、適宜休憩をはさみながら観光するのがおすすめです。帽子や日傘などの暑さ対策もあると安心です。

また、バイヨンやバプーオン周辺では野生の猿を見かけることがあります。一見すると可愛らしく見えますが、飲み物や食べ物、スマートフォンなど人の持ち物に手を伸ばすこともあるため、できるだけ距離を取りましょう。

近づきすぎると引っかかれたり噛まれたりする危険もあります。万が一けがをした場合は、傷が小さく見えても早めに医療機関を受診することをおすすめします。
個人でトゥクトゥクを手配する場合は、ドライバーとの待ち合わせ場所と時間をあらかじめ具体的に決めておくことも大切です!
アンコール・トムは非常に広く、似たようなトゥクトゥクも多いため、一度離れると見つけにくくなることがあります。念のため電話番号を聞いておき、車体の色や特徴を覚える、あるいは写真を撮っておくと安心です。
まとめ|アンコール・トムの見どころを効率よく巡ろう
アンコール・トムは、バイヨンを中心に、バプーオン、象のテラス、ライ王のテラス、ピミアナカスなど数多くの遺跡が集まる巨大な王都遺跡です。
定番スポットだけを巡る場合でも半日ほど見ておくと安心ですが、時間と体力に余裕があれば、プリア・パリライやプリア・ピトゥ、5つの城門などにも足を延ばしてみてください。
アンコール・トムは見どころが広範囲に点在しているため、地図で位置関係を確認しながら観光ルートを組むのがポイントです。暑さや野生の猿にも注意しつつ、無理のないスケジュールで、かつての壮大な王都の歴史と魅力をじっくり楽しんでみてください!



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下の地図では、主要な遺跡と城門の位置をまとめています。見学したい場所を事前に確認し、観光ルートを組み立てる際の参考にしてください!